2014/07/29

水明

本当は、休みをとって渚滑川、にいるはずでしたが
局地的な大雨で、大増水。
行くだけ無駄のようなので、他の場所を探します。
まだ、それほどフライに馴染んでいない釣り友のSGさんのことを考えると
場所選びは頭の痛い問題です。
広過ぎず、狭過ぎず。
魚は多いに越したことはなく、それでいて大らかで初心者にも優しく、
運が良ければ大きいのも釣れちゃったりする
そんな所がたくさんあれば、みんなに内緒で私がひとりで行きたいところです。

前日までの雨量と水量をあちこち調べて、結局、岩魚と雨鱒の釣れる
川に行くことにしました。虹鱒を釣らせたいところですが、最近、虹鱒の
川は人が多過ぎます。
といっても、行こうと思っているあたりは、以前に行ったのがもう20年は昔。
今でも同じように釣れるものなのか、ちょっと不安なガイドです。

水量が心配でしたが、着いてみれば理想的な流れ。
土日はそれなりに降りましたから、人も入っていないはずです。
SGさんに聞けば、まずは小さな支流で釣っておきたいとのこと。
保険という意味だそうです。
それでは、と小さな流れで小さな岩魚をそれなりに釣ります。




1匹、40cm近いムチムチと太った雨鱒が釣れました。どうやら、この前の雨で魚が
差してきているのでは?と考えて、昼からは本流を上ってみることにします。
SGさんは、ずいぶんキャスティングが上達したようで、広い川でも十分やれるように
なっていました。プレゼントした室内練習キットのせいかもしれません。

この日は条件に恵まれたようで、いいポイントからはいい魚が飛び出してきて、
5番の竿を選んで正解だったのですが、苦手なロングシャンクのバーブレスフックのせいか、
これといった原因がないのに大きな魚の突進を矯めると外れてしまいます。





どうにも消化不良でそろそろ上がろうかというところ。
ロングシャンクをやめて、マシュマロマイマイに飛び出したのは、ドライフライでは
釣ったことがないサイズの岩魚/雨鱒でした。
5番の竿でも寄らなくてちょっと焦りました。


最後にSGさんのフライに出た魚は、凄い突進でティペットを千切っていってしまい、
特大サイズを釣らせてあげることはできませんでしたが、それなりに楽しんでもらえた
ようでホッとします。

それにしても、久しぶりに訪れたこの川。
水も石も周囲の森も、どこも輝くように澄んでいて、
最近、モヤモヤした釣りが多かっただけに、自分的には「大ヒット」の
川と釣りだったように思えます。


2014/07/28

街釣り

先日の鱒釣場でのユルい釣りが妙に楽しかったので、
仕事が終わってから子どもを誘ってまた川に行くことにします。
家から15分。いい感じです。
息子は網で何やら激しく水をかき回している様子。
私は息子が目に入る範囲で適当に川面を叩きます。

岸に戻ってみれば、網でウグイの稚魚を6匹も捕まえたと
いう大戦果報告がありました。
一方の私は、ウグイの仔が毛鉤をツンツンしたくらいで
平和なもの。
今はこのくらいがちょうどいいのかも。





2014/07/27

週末は雨続き。
予定していた遠征も中止になって、気が抜けてしまいます。

我が家の暴れ子牛の2人を持て余し、手近なサケ科学館に行くことに
しました。
せっかくなので、釣り道具を積んでいきます。
サケ科学館の横には、以前も紹介した歴史的鱒釣り場があります。
その時は、ウグイしか釣れなかったのですが、それなりに楽しめたので
今回もちょっと竿を出してみることにしました。

息子を連れて川に出ると、早速息子は石をひっくり返し、
ヒゲナガの幼虫を見つけて喜んでいます。
覗いてみれば、確かに石の裏に(魚が見れば)旨そうなヒゲナガが
たくさん。
毛鉤を流すとあちらこちらからチビ山女魚が飛び出してきます。
釣りをしたのは15分くらいのものですが、「鱒釣り場」で鱒が釣れた
ことに満足です。



2014/07/25

四半世紀

残念ながら週末が仕事と雨でつぶれることは間違いなさそうです。
それでは、と金曜仕事帰りの釣行を強行することにしました。
早朝起きて、車に荷物を積み込み、行き先を考えます。
そこで思い当たったのが、学生の頃、近いから、ということでよく通った川。
釣れてくるのは岩魚ばかりなのですが、そこそこ型が良かったように覚えています。
しかし、あれから何年経ったものなのか、思い返せばもう25年も昔のことです。
もうすっかり変わってしまったのでは、とか、そもそも魚がまだいるものなのか
心配ながらも確かめたい気持ちも手伝って、仕事を上がった後に
川に向かってみました。

おなじみの橋から入渓すると、渇水ですっかり夏の川の様相。
もともと街から近いせいか、昔も魚の出方はシビアだったと思います。
ドライフライで釣り上がりますが、魚の姿はあれど、なかなか
フライを咥えてはくれません。
それでも、少し釣り上がると、25年前と全く変わっていないポイント、
木の根元が深くえぐれて渦を巻いているポイントが見えてきました。
あの頃は、ここで、必ず最初の魚が釣れてくれたはずです。
毛鉤を投じると、派手な水しぶきを上げて魚が飛び出しましたが、
針にはかからず。もう少し小さい針に結び替えて流してみると
またまた派手に飛び出しました。
今度はかかったように思いましたが、釣りあげてみるとアゴの下に
掛かったようです。
相変わらず渋い。


それから、しばらく釣り上がりますが、逆引きすると派手に飛び出すのに
なかなか針掛かりしないところなんか、昔とちっとも変わってません。
見覚えのあるポイントもここそこに見つけて、四半世紀があっという間だっていうことを
あらためて感じさせられ、懐かしいような、ちょっと切ないような気分で夕闇に包まれた
川を後にしました。


2014/07/24

Sparkler

初花火です。
今年初、人生初。
人生初の割には上手に持ってました。


2014/07/19

連休打ち止め

三連休、といっても行くのはヨメの実家です。
それでも近くにたくさんの釣り場には恵まれているので
あんまり罪の意識を感じずに釣りに出かけられる貴重な機会。
今回は、川に出かけてやろうとたくさんの竿とリールを準備していきました。

1日目、朝は海岸に立ってみましたが、猛烈なヤマセでルアーが吹き戻されます。
あきらめて山に向かいますが相当な渇水。
まあ、毛鉤ならばなんとかなるだろうと釣り始めます。
それにしても水が少なく、今にも枯れそうな流れ。
まずは30cmほどの鱒をバラして、魚がいることを確かめ、
次のポイントに毛鉤を投じると、丸太が水中に浮かんでいます。
ジッと見つめると丸太ではないようです。
アワせてみれば、小さな流れには不似合いな大鱒。
残念ながら、その流れの中では十分な力を出し切れるはずもなく、
ほとんどドキドキすることができずに釣りあげてしまいました。
場所と道具立てからは、もう少し小さいのを期待していました。
ちょっと大き過ぎるのも興をそがれるもんです。


それからは、どういうわけか魚が姿を隠してしまい、川を上がります。
この川はいつもそうなんですが、釣れる時には一斉に魚が顔を出し、
そうじゃない時は、魚は影も形も見せません。


道南らしい景色、この季節にピッタリです。

釣りから帰ると息子を連れてあちこちに。
翌日はどこに釣りに行こうかと考えていると息子2号の高熱が判明。
結局、ゆっくりできたのは初日だけで、とんぼ返りとなりました。



2014/07/12

ゆるカレイ

たしか二年前に連れて行ったカレイ釣りが好調だったもので
また行きたいとのリクエストが同僚から寄せられていました。
ただ、行くとなると持ち物やらお世話やらが色々と大変なもので
どうしようかと迷っているうちに、皆さん、それなりに鍛えられて
自分で釣りができるようになってきたようです。
そこで、また行ってみることにしました。

台風が心配されましたが、当日は暗いうちからそれとわかる快晴。
さて、肝心のカレイは潮があまり動かなかったせいかちょっと型が
小さめではありましたが、数はそこそこ釣れて、皆さん満足したようです。
サプライズの良型ヒラメは、最近、釣りにハマりまくっている同僚がゲット。
皆さん、楽しんでいただけたようで安心しました。



2014/07/11

飛べない豚

先週釣りに行ってから、妙な風邪にやられて苦しみました。
熱は微熱程度ながら、動くことも考えることもできないくらいのだるさ。
昼間は熱が下がるので、仕事はどうにか行っていましたが、
それ以外は横になっているのが精一杯で、夕を過ぎるときっちり
熱が上がってきます。
二、三日で治るかとたかをくくっていましたが、気がつけば一週間を過ぎ、
どうにも困ってきたもので、町医者を説得して抗生物質を出してもらいました。
風邪なら意味がありませんが、なんとなく、感染症かも、という気もしていたので。
件の抗生物質が効いたのか、それとも単に風邪の期限が明けたのか、
定かではありませんが、それからすぐに治ってひと安心です。

ゴロゴロと豚のように横になっているしかなかったもので、
青空文庫を漁っていると、田中貢太郎という作家を見つけました。
子どもの頃から六朝志怪小説好きだったので、彼の翻訳になる
河出文庫の「中国の怪談」はとっくに読んでいましたが、さすがに
読んだ時には翻訳者にまで注目していませんでした。
過去の日本や中国の翻案物や自身の手になる短編が数多くありますが、
怪奇譚に偏るということもあってか、ほとんど知られては
いないようです。自身の作品に限ると、ちょっと奔放な想像力には
欠けるところがあるようで、どれも決まった枠を抜けられない
印象の作品が多く、そのあたりにもあまり知られていない理由が
あるのかもしれません。

田中貢太郎

それでも熱でふやけた頭には、2、3ページのこれといって意味のない
短編が限界で、だるくて置き場のない我身を忘れるにはピッタリ
だったもので、次から次へとダウンロードして読んでみました。
そんな中、ちょっとした発見が。

 某時あるとき壮い飛行士が、
「海賊があるから、やがて空賊と云うのができるかも知れないよ」
 と云ったことがあるが、その時その飛行士は、この空想に更に小説らしい空想を織りこんで、
「胴体を真紅に染めて、白抜きで白骨を描いてあるよ、機はカーチスの小型機で勿論、機関銃があり、操縦士は腕利きで、そして、支那海から朝鮮海峡に盛んに出没するんだね」
と云っていたが、まもなくこの飛行士は蔚山福岡間の海峡飛行の時に己の空想が事実となって現れたのに驚いた。

映画では、カーチスに乗っているのは空賊側のライバルになっていましたが、
真紅の機体というとあの映画を思い出さずにはいられません。


ちなみに私の同世代(男)であれば誰でも知ってるあの「赤い彗星」のモデルは
第一次世界大戦の撃墜王、リヒトホーフェン男爵でしょう。
プロイセンのエースパイロットだった彼は、赤く塗装した乗機で前人未到の80機撃墜を
成し遂げたそうな。欧米では結構な有名人です。