どうしても釣ってみたい場所があって、
昼から出かけてみた。
そこまでは、車を降りて暫く歩かなくてはならない。
風が強く、これから雨も降るのは知っていた。
ずいぶん迷ったけれど、どうしてもそこに行ってみたかった。
車を停めると、すぐにキツネが近づいてきた。
手が届くほどの距離に来て、こちらをじっと見ている。
少し人に媚びている様子にちょっと不快になった。
きっと餌を与える人が多いに違いない。
野生動物にやたらに餌を与えるのには賛成できない。
キツネは、人間のテリトリーでは“よそもの”なのだ。
物欲し気にこちらを見ていたが、無視するとどこかに消えた。
準備をしている間に雨が降ってきた。
まとわりつくような霧雨がすぐに身体を濡らし、
7月だというのに身震いするほど冷える。
夕暮れが近いが、暗くなっても粘るつもりだった。
しばらく歩き、海岸の上の崖を降りる。
粘土質の地盤は、気をつけないとよく滑る。
下りということもあって、20分ほどで海辺に出た。
海を見ると、思っていたよりうねりがきつい。
真っ白いサラシが沖に向かって払い出し、
青白く潮も濁っている。
すっかりやる気をなくし、
とりあえず来たから、と何度かその海に投げてみる。
何か光った、と思った瞬間遠くから轟音が響く。
マズイ、雷だ。
隠れるところのないこんな場所で雷には遭いたくない。
急いで帰る支度をするが、
帰りは上り。
30分はかかるだろう。
急に不安になった。
もう日も沈んで薄暗くなってきた。
もうひとつ不安なことがある。
降り口がわかりにくいことだ。
以前に来た時には、長いこと暗闇の中をウロウロ探す羽目になった。
今の季節は、その時より草が生い茂って、余計にわかりにくい。
徐々に雨が強くなって、先を急いでいると前方に何かいる。
振り向いて、こちらを見ている。
その顔には見覚えがあった。
さっき、車の前で会ったキツネに間違いない。
どうしてこんなところに?
と思い、呼んでみる。
しかし、彼は近づこうとしない。
上で会った時は、媚のようなものを感じたが、
今は、堂々とした態度で私を見下すように立っていた。
人跡も稀なこの場所では、私が“よそもの”なのだろう。
数歩歩いては立ち止まってこっちを見る。
「こっちに来い、と言っているのかな?」
ひとりごちて、ついていく。
気がつくと、キツネはちょうど探していた降り口の場所に座っていた。
不安なときに知り合いに会うと素直に嬉しい。
すっかり私の不安な気持ちは消えていた。
晩ご飯に、と持っていったパンを半分に割る。
餌をやる、というのではなく何でもいいからお礼がしたくなった。
キツネはパンをくわえると、なぜか食べずに私をじっと見ていた。
そして私が登り始めると、パンをくわえたまま、
反対方向に飛ぶように走って消えてしまった。
どうにか車に戻る。
また、あのキツネに会えるのではないかとしばらく待ってみたが
もう現われることはなかった。
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