2006/07/23

ストレンジャー

どうしても釣ってみたい場所があって、
昼から出かけてみた。
そこまでは、車を降りて暫く歩かなくてはならない。
風が強く、これから雨も降るのは知っていた。
ずいぶん迷ったけれど、どうしてもそこに行ってみたかった。

車を停めると、すぐにキツネが近づいてきた。
手が届くほどの距離に来て、こちらをじっと見ている。
少し人に媚びている様子にちょっと不快になった。
きっと餌を与える人が多いに違いない。
野生動物にやたらに餌を与えるのには賛成できない。
キツネは、人間のテリトリーでは“よそもの”なのだ。
物欲し気にこちらを見ていたが、無視するとどこかに消えた。

準備をしている間に雨が降ってきた。
まとわりつくような霧雨がすぐに身体を濡らし、
7月だというのに身震いするほど冷える。
夕暮れが近いが、暗くなっても粘るつもりだった。

しばらく歩き、海岸の上の崖を降りる。
粘土質の地盤は、気をつけないとよく滑る。
下りということもあって、20分ほどで海辺に出た。
海を見ると、思っていたよりうねりがきつい。
真っ白いサラシが沖に向かって払い出し、
青白く潮も濁っている。
すっかりやる気をなくし、
とりあえず来たから、と何度かその海に投げてみる。

何か光った、と思った瞬間遠くから轟音が響く。
マズイ、雷だ。
隠れるところのないこんな場所で雷には遭いたくない。
急いで帰る支度をするが、
帰りは上り。
30分はかかるだろう。
急に不安になった。

もう日も沈んで薄暗くなってきた。
もうひとつ不安なことがある。
降り口がわかりにくいことだ。
以前に来た時には、長いこと暗闇の中をウロウロ探す羽目になった。
今の季節は、その時より草が生い茂って、余計にわかりにくい。

徐々に雨が強くなって、先を急いでいると前方に何かいる。
振り向いて、こちらを見ている。
その顔には見覚えがあった。
さっき、車の前で会ったキツネに間違いない。
どうしてこんなところに?
と思い、呼んでみる。
しかし、彼は近づこうとしない。
上で会った時は、媚のようなものを感じたが、
今は、堂々とした態度で私を見下すように立っていた。
人跡も稀なこの場所では、私が“よそもの”なのだろう。
数歩歩いては立ち止まってこっちを見る。
「こっちに来い、と言っているのかな?」
ひとりごちて、ついていく。
気がつくと、キツネはちょうど探していた降り口の場所に座っていた。

不安なときに知り合いに会うと素直に嬉しい。
すっかり私の不安な気持ちは消えていた。
晩ご飯に、と持っていったパンを半分に割る。
餌をやる、というのではなく何でもいいからお礼がしたくなった。
キツネはパンをくわえると、なぜか食べずに私をじっと見ていた。
そして私が登り始めると、パンをくわえたまま、
反対方向に飛ぶように走って消えてしまった。

どうにか車に戻る。
また、あのキツネに会えるのではないかとしばらく待ってみたが
もう現われることはなかった。

P7220091.jpg


0 件のコメント:

コメントを投稿